おはようございます!
本日の【Blog#72】のお題は「平等」について、お話します。
これまでの歴史を振り返って、「平等な社会」が求められてきた訳ですが、
結論を言うと「結果の平等」より「機会の平等」の方がいい、という論調です。私もそう思います。勿論、様々な「不完全な点」はありますが、「機会の平等」の方がいいと考えます。ただし、やっかいなのは、様々な「不完全な点」です。誰しもが日常で「不平等」を感じることが多いのではないでしょうか。
「機会の平等」はすなわち「努力が報われる社会」ですが、「自らの努力」と「結果」が報われていないと感じることは多いと思います。
学生さん方だと、やはり「試験」であったり、「受験」であったり、「就職」が該当すると思いますし、忸怩たる経験をされた人も多くいると思います。この原因はやはり「人が人を評価する」ことや「個々人の得意不得意がある」ことなどに起因していると考えられます。
私自身の経験と照らし合わせると、今の時代と違いますから一概に言えないのですが、友人の誘いで受験をしたのですが、過去問を見たことも無いし、下見に行ったことも無い、学校を受験して、合格したので、そのまま入学してしまいました(苦笑い)。
また、起業してから、様々な機会にアプライ(応募)しているのですが、現在まで10連敗以上しています(苦笑い)。
前述の受験に関しては、私たちの世代は200万人以上居て(今の次世代約100万人の2倍!)、「受験戦争」と言われる程、激しいものであった事から「入学してから努力しよう!」と考え直しました。
後述の只今、絶賛連敗中に関しては、「マリアージュ(出会い)」と考えて、コアコンテンツを磨きつつも、トライし続けるしかない、と考えています。
まちづくりの世界では「見立てる」という言葉があります。モノを同じ方向からでは無く、違う方向から見ることによって、価値が変わるという意味です。
私自身にも言えるのですが、自らの人生について「見立てる」ことが出来るのは「自分自身」しかいません。是非とも、お試しください。
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(投稿日 2024(令和6)年12月20日(金))
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